2011年09月04日

本当に怖い薬の副作用。そして作用も。

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管理人の父、死亡確認。


クスリとの付き合い方を今一度考え直してみる。






◆クスリの副作用の怖さ◆


先月末。
出張先でケータイ持ち込み禁止の場所でのラウンドが終わり、
車に戻ってケータイ(スマホ)を見てみると、母のケータイより

何件もの不在通知をしらせるアイコン、
そして切羽詰まった内容のメール。

あぁ。
ついにその時が来てしまったかと覚悟を決めつつ母にTEL。

「もうダメ。直ぐに帰ってきなさい。」

やはり。
となると急いで帰らないといけないので一先ず社長に許可を得、
急遽とんぼ返り。

そして数分後、母より改めてメールが。

「お父さん、さっき息を引き取ったよバッド(下向き矢印)






父は去年末、身体の異常がないか確認するために知り合いに紹介された病院へ赴き、
そこで、その時になって初めて、発見してしまったのです。

がん。

しかもすでに結構ステージが進行してしまっており、即刻入院という措置が取られた。

そして投与されるのはもちろん「抗癌剤」。

抗癌剤を一度打って入院し様子を見、
しばらくしたら一時退院して時期が来たらまた抗癌剤を打つために入院、
というサイクルを繰り返していました。

始めの頃はまだまだ元気で意識もはっきりしており、
私たち家族を心配してくれていましたが
抗癌剤の副作用により徐々に父の身体は蝕まれていたのです。

まずハッキリとわかりやすく現れた症状は口内炎。
食べることが何よりも楽しみとしている父にとって、
摂取できる食材が刺激の少ない、ペースト状の物しか食べられないと言うのは
相当なストレスになっていたと思われます。

口内炎に効くとされるクスリを幾つか試してはみましたが抗癌剤とのバッティングか、効果はありませんでした。

次に現れたのは手の平の皮がズル剥け、頭髪の抜け落ち。
この辺から徐々に外気と接触する部分に異常が現れてきます。

1週間入院し、退院後1週間家で様子見、そしてまた1週間の入院。

こんな生活を繰り返していました。看病はほぼ母がつきっきりでした。
それでも辛い表情や言葉をおくびにも出さず、第一に私達家族、特に鬱を患っている私を特に心配してくれた父。

闘病生活も数ヶ月が過ぎ、父の状態を検めるため血液検査をしてみると
白血球の数が常人の数百分の一
となっている事が判明。

抗癌剤の副作用としてこの症状が現れるのは割とメジャーですが
兎にも角にも免疫力がガタ落ちの状態がしばらく続きました。
ちょっとした事で発熱し、すぐさま50km車を走らせた所にある病院へ入院。
この辺から徐々に入院日数>退院日数と言う、看病するために毎日病院へ通う母が今度は心配になってくる日々が続きます。

そして8月。
清潔な病院内においてももはや他人と接するだけで重得な病状が現れてもおかしくない状態の父が、肺炎になってしまいました。
そして肺炎をおこして数日後には肺の中に痰が溜まり、自律神経だけでの呼吸ができなくなり、人工呼吸器が取り付けられました。
人工呼吸器を取り付けられると言う事は、もうすでに覚悟を決めざるを得ない状況です。

「ヒュー、コー」
口に管が差し込まれ、テーピングによって口を動かす事も出来ないので意思の疎通はアイコンタクトのみになってしまいます。身体は全く動かす事が出来ないのですが、聴覚のみは辛うじてはっきり機能しているらしく、コチラの話し声を聞いてまばたきを動かして自分の意志を伝えようと必死になっている姿は例えるならば非難を承知で言わせてもらえばフグの毒テトラドトキシンを摂取してしまったものの辛うじて一命を取り留めた患者の如く。

しかしやはり身体は徐々に弱っていき、こちらの呼びかけにも反応が薄くなり始めた8月下旬。
ハッキリとは表現せずとも、もうそのつもりで準備を、と母の言葉。その顔はもう父のそれとほぼ同じ位看病生活でやつれてしまっていました。

そして9月を目前に控えた残暑も厳しい日中、院長により、

「もう、ダメと言う事でよろしいですかね?」

と、その場に居合わせた母と兄は最後通牒を突き付けられた格好になりました。



数百キロの道のりを車を飛ばして病室に入った私の目に入ったのは、顔に白いハンカチーフをかけられた、
「嘘みたいだろ・・・?」
とどっかのアニメの1シーンを再現したかのようなシチュ。に遭遇してしまったのです。

抗癌剤の作用はあったのか。むしろ副作用の方で父は弱っていったのではないか?
そう考えるのは下衆な素人の浅知恵でしょうか。



◆クスリの作用の怖さ◆


父の死を前にして、私の頭にまず浮かんだ感情は

「(葬儀の準備とか)メンドクセぇ・・・」

普通は悲しみや不安や色々な負の感情が湧いて出てくるのが一般的ですが、
私はご存知の方もいらっしゃると思いますが、鬱を患っていました。
・・・否、まだ病院に通いつつ薬を飲んでいる状況は「完治」ではなく「寛解」と言う表現が正しいでしょうか。

当ブログに約1年間のインターバルがあるのは、その間鬱との闘病生活で地獄のような苦しみを味わっていた時期でした。

仕事を辞め何もする必要もない日々、ですが毎朝なぜか目が覚めると同時に襲ってくる異常なまでの絶望感、薬が変わった事による離脱症状か、もしくは負の感情が抑えきれなくなったのか、ベッドで横になっていても常時パニック状態で呼吸もまともにできず、

「死んだ方がマシかそれとも救急車でも呼ぼうか」


こんな思考状態が1年ほどずっとぐーるぐる。

精神を病んでいると物事の判断力や認知力が著しく低下し、車の運転をしてても

「アクセルとブレーキってどっちだっけ」

「信号の赤は"進め"だったかな」


おお、こわいこわい。

後、判断力の低下という点では具体的には書きませんが療養中、一度傍から見ればどう考えても自殺行為な挑戦を
自分では「大丈夫、いけるいける!」と思い込んで病気で身体が弱ってるのに無茶な行動をしてしまい、肋骨何本かと頭の骨持って行かれた経験もあり、鬱病による自殺って全部が実は本人はそのつもりじゃなかったんじゃなかろうか?と事故の可能性も考慮すべきじゃないかと示唆してみたり。


閑話休題。


何故父の死を前にしてそんなに淡白でいられたのか。
コレはやはり私が常時飲み続けている薬の作用だと断言できますね。

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レキソタン・ソラナックス・パキシル・リフレックスetc...

2chのメンヘル板の住人の方なら薬の名前や写真を見てどんな作用を促す薬の構成かお分かりかと存じますが、
要するに脳の扁桃体の興奮を鎮め、緊張・不安や悲しみや喜びや怒りや笑い、つまり喜怒哀楽全ての感情を取り除き、精神状態の超低空飛行をさせる薬たちです。

たいらなきもち(元ネタ:桜玉吉)


抗不安薬・抗鬱薬・向精神薬、
メンヘラにとってのジェットストリームアタックな薬をもうすでに4〜5年飲み続けているとそれはもう普遍的な感情はモチロンの事、食欲・性欲・その他諸々の欲望、あれがしたい、これがしたい、等全てが消え失せます。

そして今回は悲しみの感情が全く湧いてこず、バチあたりな心構えのまま、つい2〜3日前、葬儀を終えて今は香典帳をデータベース化する作業に取り組んでます。もちろん当然のこと、通夜や告別式に参加して下さった方への感謝の感情も全く起こりません。

コレが精神系に働く薬の作用の恐ろしさ。


ただ、これまで必死になって父の快復を信じて看病を続けていた母が、今度は何をすべきか方向を見失ってしまい、更年期障害と相まって私の二の次になるのではなかろうか?とちょっぴり心配な感情が芽を出しつつあります。


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タグ: ガン
posted by 文次 at 01:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お悔やみ申し上げます。
長い人生、人類の科学と叡智には限界があると常々感じますが、それでも諦めないのが人間だと思います。
残された母親が気になるようですが、貴方自身がしっかりと安定した社会生活を送る事が一番だと思います。
子が不安定であれば親の不安の種は尽きず、ストレスが溜まる一方となります。
精神状態の向上にはジョギング等の運動をしてみるのも一石かと。人間、健康な汗をかく事は心身ともに大切な行為といえます。

より良い人生を。
Posted by at 2011年09月04日 07:47
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